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院長紹介

浅野誠(あさのまこと)

認定

  • 日本精神神経学会認定精神科専門医
  • 精神保健指定医
浅野誠(あさのまこと)

経歴

1946年~新潟県生まれ
出生後は、すぐに東京上野に移り住む。

高校生のときに医者になることを志す。
1967年~千葉大学医学部
大学時代は、文学部・演劇部・美術クラブに所属し、第12回千葉文学賞を受賞。演劇部でも脚本を担当。
1973年~千葉大学医学部附属病院での研修医を経て、医療法人同和会千葉病院へ。
当時、日本ではまだ遅れていた先進的精神医療の分野で臨床経験を積む。
1977年~医療法人博道会館山病院へ異動。「森のような空間」をコンセプトにした精神病棟の設計をおこなう。
1985年~千葉県精神医療センターの立ち上げメンバーとして、精神科救急を日本全国に先駆けて確立。2005年にはセンター長に就任。
24時間対応の精神科救急の仕組みづくり尽力してきたことが認められ2012年「医療功労賞」を受賞。
2014年~現在の地に桜並木心療医院を開院。

インタビュー

インタビュー

狭い病棟に閉じ込められている患者さんを見て、
これはおかしい、変えなければと感じた。

インタビュアー(以下、イン):浅野先生は、「できるだけ精神科の患者さんも外に自由に出られるようにしよう」という活動をされてきたそうですが、最初にそういった問題点に気付いたきっかけは何だったのでしょうか。

浅野院長(以下、浅野):まだ研修医の頃、大学病院の精神科で、患者さんが狭い空間で閉じ込められているのを見たのが最初のきっかけです。当時はまだ大学病院でも閉鎖病棟でした。その頃は、それが当たり前だったのです。

イン: そうだったのですね。その光景を見て、先生はどうされたのでしょうか?

浅野:まず、患者さんたちと同じ部屋に泊まりこみました。実態をきちんと把握したいと思ったので。そんなことをする人は他にいませんでしたが・・・。最初の晩は正直怖いという気持ちも多少ありましたよ。特に何事もなかったのですが、ある患者さんから一晩中説教をされてしまい、眠らせてもらえなかったのを覚えています(笑)

イン:当時、医者の中に「患者を閉じ込めておくのはおかしい」と思う人はいなかったのでしょうか?

浅野:いえ、全国的にそういうのはおかしいという運動は始まっていて、「解放化運動」と呼ばれていました。問題は単に閉じ込めておくということだけではなく、薬の質も悪かったですし、法の整備もされていませんでした。それに、患者さんは自分を病気だと思っていない方も多いですし、当時はいつ出られるかを患者さんに告げないのが普通でしたので、患者さんは医療に不安や不信をいだいていました。今ではかなり改善されてきていますが。

患者さんは、自分で解放運動を することはできない。 医者がやらないと。

患者さんは、自分で解放運動を
することはできない。
医者がやらないと。

イン:同和会千葉病院に移られた後はどのような取り組みをされてきたのでしょうか?

浅野:当時、関東で先進的な精神医療に取り組んでいた病院が三つあって、そのうちの一つが同和会千葉病院でした。そこでは、カレンダーを室内に貼ってちゃんと日付が分かるようにしたり、症状の軽いひとはなるべく自由に外に出られるようにしたりと、新しいことはどんどんやっていました。当時は精神病入院患者の6~7割が閉じ込められていたのが普通でしたが、これを2割くらいまで減らしました。

イン:そういった動きは世界中で起きていたのですか?

浅野:そうですね。欧米ではすでに解放運動は起きていました。日本はどちらかと言うと遅れていた方です。ただ、私はこういった先進的な取り組みをしている病院で臨床を続けることができたので、そういう点ではまだ良かったと思っています。

イン:人権的な観点からは、もちろん「できるだけ閉じ込めるべきではない」と思いますが、医学的にはどういった見方がされていたのでしょうか?

浅野:40年前は、一人あたり畳一枚分くらいしかない、とても狭い空間に閉じ込められていました。そんな場所にいれば、緊張感は高くなり、落ち着きません。いつ出られるか分からなければ絶望感も出てきますし、症状は悪化してしまいます。それに症状は患者さんによって様々です。当時のように一律で全員同じ部屋に入れておくというのは、やはり医学的に見てもおかしいのです。

イン:これはかなりセンシティブなことですが、精神病の患者を解放することに反対する人はいませんでしたか?

浅野:正直、いましたね。今でも一部では根強く残っているのではないでしょうか。でも、患者さんは自分で開放運動をすることはできません。医者がやらなければならないのです。

「森のイメージ」をコンセプトに、
新しい精神病棟の設計を手がけた。

イン:続いて移られた館山の病院では、新しい精神病棟の設計をされたと伺いました。

浅野:はい、当時の精神病棟は木造でして、建て替えるための設計を私に一任してもらえたのです。

イン:どんな点を重視して設計したのでしょうか?

浅野:とにかく、どうやったら少ない予算で患者さんが快適に入院できる病棟を作れるかを考えました。建て替える前は、狭いところに少年から90歳まで押し込まれていて、「快適」などと言う言葉とは程遠いものでした。

イン:具体的には、どのように快適さを実現したのでしょうか?

浅野:敷地も狭く、建物そのものの大きさを広げるのは難しかったので、狭い空間のまま広く使える方法を考えました。そこでヒントとなったのが森です。小さい頃、森で遊んでいた記憶を思い出してみると、狭い範囲にも実に様々な生き物がいて、調和しながら共存しています。

イン:それで「森のイメージ」をコンセプトに設計されたのですね。

浅野:例えば、部屋の中に柱を一本立てるだけで、空間は全く違ったものになります。まずは、良い意味で見通しが悪くなります。精神科の患者さんは見られることにとても敏感なので、これはとても重要なことです。しかし、柱だけでは完全に隠れる訳ではないので患者さんの様子を確認したり事故を回避したりすることもできます。それに、柱によって移動する際の経路も複数に分けられますので、空間が多様化し広く使えるのです。実際は柱を置いた訳ではありませんが、こういった考え方を元にして病棟全体を設計していきました。

イン:柱一本でそこまで空間が変わるとは、眼から鱗でした。先進的な精神医療に関して、各病院で取り組んでこられた内容を伺って、先生の精神医療に対するお考えがとてもよく分かりました。本日はどうもありがとうございました。

浅野:こちらこそ、ありがとうございました。

院長ギャラリー

院長の浅野誠は、精神科の医師であると同時に、作家・画家でもあります。このページでは、代表的な作品をいくつか紹介させて頂きます。

書籍
小説(※遠山高史は浅野誠のペンネームです)
素朴

素朴に生きる人が残る/遠山 高史
主婦の友社 (2001年)

医者がすすめる

医者がすすめる不養生/遠山 高史
新潮社 (1997年)

エッセイ
精神がやむ

「精神(こころ)が病む」ということ―不安な時代を生きるための10章/浅野誠
大和書房 (1999年)

微かなる

微かなる響きを聞く者たち―分裂病の少女、その愛と死のバラード/浅野誠
JICC出版局 (1993年)

精神医学

ビジネスマンの精神病棟/浅野誠
JICC出版局 (1990年)
ちくま電子図書に掲載中

医学専門書(※分担執筆しています。)
臨床精神医学

「臨床精神医学」(43巻5号) 精神科救急の最新知識
アークメディア(2014年)

ガイドブック

救急医療における精神症状評価と初期診療PEECガイドブック
へるす出版 (2012年)

今日の精神医学

今日の精神疾患治療指針 (今日の治療指針シリーズ)
医学書院 (2012年)

精神医学

精神医学キーワード事典
中山書店 (2011年)

統合失調

統合失調症治療の新たなストラテジー―非定型抗精神病薬によるアプローチ
先端医学社 (2011年)

ポケット

POCKET精神科
金芳堂(2010年)

ベストアドヴァイス

精神科臨床ベストアドヴァイス―マニュアルからは得られない現場の技術のすべて/編集:浅野誠
診断と治療社 (2010年)

トラブル

精神科診療トラブルシューティング
中外医学社 (2008年)

絵画
絵画

桜並木診療医院の看板にも使われています。

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〒262-0025
千葉県千葉市花見川区花園
1-19-2

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